家の土台

 私達が家を建てる時、土地探しから始まり間取りや使う材料、設備やインテリアなど様々なことに心を配り、どのような家が住みやすく快適であるかを考えながら決定していきます。

これらのこだわりや好みは人それぞれであるため、何にポイントを置くかは千差万別でしょう。

 しかし多くのプロセスを踏んで希望に叶う設計図が完成し、大工さん達が図面通りの家を忠実に作って下さっても、土台となる地盤や地質が悪ければどうでしょうか。せっかく夢が形となったマイホームが、地震や災害によって住めなってしまっては本当に不幸なことです。こうならないよう事前に地盤や地質調査を行い、家を建てるに適切な地であるか調べ、必要に応じて地盤改良工事を行います。土台の安全の確保(保証)は家づくりにおいて必須条件と言えます。

人生の土台

 ところで、あなたの人生にしっかり保証された土台はあるでしょうか?

わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なわない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。(マタイの福音書 7章24~27節)

 これはイエス・キリストが山上の垂訓において締めくくりに語られた言葉です。家の土台が大切で、それがなければ簡単に倒れてしまうように、私達の人生もしっかりとした土台がなければ、様々困難に会う時、残念ながら倒れてしまいます。イエス・キリストはここで「わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者」つまりイエス・キリストを土台とする人は、岩の上に家を建てる賢い人に比べることができ、洪水や風を受けても倒れない事を保証して下さいました。

 私達が経験する困難で一番大きなものは死です。どれだけあなたが思い描く将来像が素晴らしく実際に大成したとしても、死の解決がなく不安をお持ちであれば、あなたの人生に土台はなく、砂の上に家を建てた愚かな人に比べられることになります。聖書は死について、人が罪を犯した結果、刈り取らなければならなくなったものだと語ります。しかし、あわれみ深い神は救い主イエス・キリストを遣わし、私達が自分自身で解決できない罪をこの方に負わせ、身代わりに十字架で裁くことにより、私達に信じる信仰による罪の赦し(救い)と永遠のいのちを与えようとしておられます。

 人生の土台は、家の土台よりも重要です。あなたは揺るぎない人生の土台をお持ちですか?